40.唐船・御船歌 | 和歌祭公式サイト

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40.唐船・御船歌

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正保3年(1646)に住吉如慶(じょけい)が描いた「紀州本東照宮縁起」にはありとあらゆる芸能が描かれている。そこにはさまざまな山車が描かれている。そのなかで現存唯一の山車が室町時代に流行した唐物様(からものよう)がモデルとなった山車、唐船である。唐船は元和8年(1622)の「次第書」で60人の「ミなと町」(湊)の民衆が「舟水主歌」を太鼓、法螺貝、小鼓で奏しながら渡御行列に参加していたことが記されている。
和歌祭には江戸時代、この唐船とは別に紀州藩御船手方(おふねてかた)が海上に出す関船(せきぶね)なども出され、御船歌を歌っていた。この関船と唐船がいつしか一緒になり、唐船も紀州藩御船手方が担うようになり、御船歌を歌うようになる。これは御船手方の本拠地が湊にあったことも関係していると考えられる。御船手方は紺地に白大格子(おおごうし)の長法被を纏い、和歌の浦や紀伊国各地を讃した御船歌を合唱しながら、唐船を曳いていた。明治時代に入っても御船手方の末裔やその友人たちによって受け継がれていた。しかし、和歌祭が商工祭に変化したことなどから、昭和55年(1980)に唐船だけを残して御船手方所縁(ゆかり)の人たちの参加が途絶え、御船歌も途絶えてしまった。
和歌山県教育委員会の調査により、かつての音源の発見、30年前までの伝承者との出会いなどさまざまな偶然が重なり、平成22年(2010)年5月、御船歌は30年ぶりとなる復興を遂げた。復興を遂げた御船歌には「長唄(ながうた)」「端唄(はうた)」「せり唄」「やれ節」がある。そのうち、「長唄」は藩主の前で歌う特別な歌であった。そのため、かつての伝承者も歌えない難曲であったが、前年の御船歌復興を聞きつけたさらなる伝承者との出会いによって、平成23年「長唄」のひとつである「あめふり」が復興している。

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